万葉集の第一巻に、雄略天皇の求愛のお歌があります。
その中で天皇は、丘で若菜を摘む娘に「われにこそは告（な）らめ 家をも名をも（わたしにだけ名前を教えてください）」とおっしゃる場面があります。
古代、名を告げると言う事は、相手に対して身も心も捧げる事を意味しました。
名前には魂が込められているので、その名を告げると、告げた人間のものになる。
ですから、いにしえの女性たちは夫にしか名前を教えないものでした。
ゆえに平安時代の女性たちの本名はわからないことが殆どです。
紫式部、清少納言というのも、実は宮中の女官としての源氏名であり、本名は分かっていません。
それほど名前は大事なものだったのです。
名前だけでなく、全ての言葉には魂が宿っています。
それを「言霊（ことだま）と言います。
言葉が大切であるのは、言葉自体に素晴らしい力が秘められているからなのです。
言葉にした事が的中したという経験はありませんか？
「言い当たる」と言う表現もあります。
不吉なことばかり言っていると、実際に不吉な事が起きてしまうし、めでたい事や希望、理想を語り続けていると、不思議とそのようになってくるのです。
「寿ぐ（ことほ）ぐ」とは「言祝（ことほ）ぐ」、つまり言葉で祝う事です。
神様に奉上する「祝詞（のりと）」は、もっとも美しく、素晴らしい言葉を選びぬいています。
昔の人は不吉な言葉を用いることさえ嫌って、めでたい言葉に言い換える「忌み言葉」を使いました。
「猿」は「去る」と重なるので、「えて」といい、「すり鉢」を「あたり鉢」、髭を「剃る」のではなく「あたる」というのは、すべて不吉な言葉を避けるためです。
また、「し（死）」という言葉が入る「しゅうゆ」を「むらさき」、「塩」を「波の花」、「梨」を「ありの実」と言い換えます。
「あし」の葉を「よし」の葉と言うのは、「あし」が「悪（あし）」、つまり「悪い」につながるからです。
結婚式で「終わります」ではなく、「お開きにさせていただきます」というのも、祝宴で「鏡割り」を「鏡開き」というのも、すべてメデタイ言葉に変える工夫なのです。
祝詩に中に「見直し開き直し給へ」と祈る言葉があります。
物事を一方からではなく、見直し、開き直してみると、新たな発見や生きるすべを見付けられるものです。
悪い事ばかりを想定し、不吉な事や、心配ばかり思い浮かべていると、心の病気になってしまいます。
体の病気は薬で治せますが、心の病気を治すのは厄介です。
その特効薬は、常に素晴らしい理想を思い描き、それを言葉にして発し続けること。
挫けてはいけません。
言葉には魂が宿っている。メデタイ言葉、綺麗な言葉、思いやりのある言葉を使って幸せを呼び寄せましょう。